======================================================================== |
（３／１５） |
| 時に西暦２１９９年９月。地球はいまや最後の終末の時を迎えようとしていた。謎の敵ガミラス宇宙艦隊による遊星爆弾の攻撃は、地表を放射能物質で汚染し、海を干上がらせ、地球上の全生物を死に追いやった。人類は僅かにその生存圏を地下に求めて細々と生き延びていたが、放射線汚染の地下への浸透によるタイムリミットはあと１年と迫っていた。 圧倒的なガミラス艦隊の前に地球人類の最後の望みは、名将・沖田提督率いる地球防衛艦隊であったが、起死回生を図った冥王星海戦も彼我の戦力差は明白であり、地球艦隊は健闘虚しく１隻また１隻と撃沈されて行った。 「敵艦隊の戦力、我が軍の想像をはるかに上回り、健闘するも敵に与える損害は微小。我が艦隊は旗艦《英雄》および駆逐艦《ゆきかぜ》の２隻を残して全滅。このまま戦況の逆転は不可なる故、本作戦を中断し地球への撤退を行う」 それが冥王星海戦の戦場の沖田提督から地球に向けて発信された最後の通信文であった。発信されてから地球に届くまでに要した時間はおよそ６時間弱。その間に冥王星空域では最後の悲劇が地球艦隊を襲っていた。 この冥王星海戦から奇跡の生還を遂げた旗艦《英雄》の機関部責任者であり、その後にヤマトの機関長に就任した徳川彦左衛門の報告に基づくと、次のような状況だったらしい。 「我々の艦隊はあと何隻残っているか？」 「本艦の他、駆逐艦が１隻だけです」 「誰の艦だ？」 「護衛隊長・古代の艦であります」 沖田提督はその報告を受けると、無念そうな表情で言った。 「もはやこれまでだな。撤退しよう」 「逃げるんですか、提督？」 沖田の副官は驚いたように反問した。 「このままでは自滅するだけだ。撤退する」 そういうと沖田は地球防衛軍司令部への戦況報告の電文を入れるとともに、傍らの《ゆきかぜ》に向けて撤退の指示を出した。 転進する《英雄》。しかし《ゆきかぜ》はそれに続こうとはしない。 「古代、わしに続け」 「沖田さん、僕はイヤです。ここで撤退したら、死んで行った仲間たちに顔向けできません」 《ゆきかぜ》の艦長・古代守の応答が艦橋に響く。 「古代、明日のために今日の屈辱に耐えるのだ。それが男だ」 「沖田さん、男なら戦って、戦って、戦い抜いて、１隻でも多くの敵をやっつけて死んでいくべきじゃないんですか」 「古代、わかってくれ･･････」 沖田は悲痛な声で呼び掛けた。しかし《ゆきかぜ》からの応答は無かった。 「提督、古代の艦が付いてきません」 「古代、死ぬなよ」 長年の間、沖田提督と艦を共にしてきた徳川彦左衛門にとって、沖田の心情は手に取るようにわかった。沖田は古代守の本当の意図に気付いていたのだ。沖田の目の奥に光るものをみつけた徳川は、そっと提督に近付いた。 「沖田さん」 沖田は肯くと、徳川に言った。 「我々は絶対に地球に生還しなければならん。この艦のエンジンには少々無理をしてもらうことになるが、よろしく頼む」 その言葉が、徳川が最後に聞いた沖田の声だった。徳川は現場で直接指揮をとるべくエンジンルームに降りて行った。その直後、悪夢が起こったのだ。 突然、激しい衝撃が艦を襲った。徳川を始めとする機関部員たちは強く床に叩きつけられたが、幸いにしてエンジンの損害は軽微で航行に支障を来すことも無く、また彼らも無傷か軽少で済んだ。 「こちら機関室だ。何があったか知らんが、こちらの損害は軽微だ。航行に支障は無い。沖田提督に心配はいらんと言ってくれ」 いつもの如く、気軽にそう報告を入れようとしたのだが、艦橋からの応答は無かった。 「おい、どうした？ 応答せんか！」 徳川は大声で怒鳴ったが、依然として応答は無い。 「おやじさん、艦橋が被弾したんじゃないですかね？」 助手を務める薮が言った。 「こら、馬鹿な事をいうもんじゃない」 徳川は薮をたしなめた。 「通話装置の故障かも知れん。わしが行って確かめて来よう」 そう言ってエンジンルームを一歩飛び出した徳川は、瓦礫に埋もれたような通路の状況に直面し、驚いた。 「これはひどいな」 周囲の状況を確認すると、どうやら艦の上部に大きな被害があったらしいことが想像できた。 「通信ケーブルがどこかで断線しとるんかもな」 瓦礫を避けつつ、徳川は艦橋に続く通路を進んで行った。被害は、艦橋の真下の付近が一番ひどそうだった。 「まさか、本当に艦橋が被弾したわけでもあるまい。まさかな･･････」 徳川は艦橋に続く階段を昇ろうとしたが、その階段は途中で隔壁に閉ざされ、その前に若い乗組員が座り込んでいた。 「おい、そこで何をしておる？」 声を掛けるとその乗組員は驚いたように顔を上げた。その目は泣きはらしたかのように真っ赤だった。 「徳川機関長ですね！」 「そうじゃが･･････」 そう答えると、乗組員は再び泣き始めた。 「どうしたんじゃ。おまえさん、男じゃろ。男は人に涙を見せるもんじゃない。何があったのか話してみてくれんか」 その乗組員は涙声で語り始めた。 「艦橋が･･････艦橋が吹き飛ばされてしまいました･･････」 「何じゃと！？」 その乗組員は幕之内という炊事班の所属で、ちょうど徳川と入れ違いくらいに艦橋に戦闘食を運んできたのだった。彼が戦闘食のおにぎりを艦橋に届け、退出した直後に衝撃が襲った。 突然、背後に閃光を感じたかと思うと、強烈な爆風で階段の下まで吹き飛ばされ、次の瞬間には艦橋のあった方向へ急激に空気が流れ出した。彼はとっさに階段の手摺に捕まり、辛うじて艦内に留まることが出来たが、非常時隔壁が閉じるまでの数十秒の間に付近にいた多くの乗組員たちが艦外へ吐き出されたと言う。 徳川はあまりの事態に愕然とした。艦橋とともに沖田提督をはじめとするこの艦の主要スタッフは失われてしまったのだ。 「機関長、もうこの艦もおしまいです。俺たちも地球も、みんなガミラスにやられて死んでしまうんだ･･････」 幕之内は取り乱したように泣きわめいた。 「こら、落ち着け！ まだ、すべてが絶望と決まったわけではないじゃろ。わしたちが生きている限り、何としてでも地球に帰り付いてみせるんじゃ」 そう言って徳川は叱り付けた。 「状況を把握することが肝心じゃな。予備艦橋が生きていれば良いのじゃが」 徳川は艦底部に設置されている非常時用の予備艦橋の機能を起動させた。幸いにして艦の航行に必要な機能はすべて生きていて、この予備艦橋から指揮をとれることが判明した。艦橋を吹き飛ばしただけで満足したのか、ガミラス艦隊の追撃も無い。 こうして最後の地球防衛艦隊旗艦《英雄》は、艦内生存者の中でただひとりの士官であった徳川彦左衛門の指揮によって、どうにか地球に帰還することが出来た。その途中、火星基地を撤退する訓練生２名を収容するという余裕すら見せて。 のちに、この時の指揮官としての心情がどのようなものだったか訊ねられた際、徳川はこう答えたという。 「たったひとつでも可能性があるなら、それを信じて何がなんでも最後まで生き延びて見せる。これは常々、亡くなられた沖田提督が口癖のように言っておられたことじゃ。わしは提督の代わりに、それを実行しようと思っただけじゃ」 |