======================================================================== |
第４章 「激闘」 |
（２／５） |
| 士官食堂にやってきた恭子は、パトリシアの姿を探したが、どうやら見当たらないので、空いたテーブルに一人で座った。知り合いの顔をいくつか見つけはしたけど、部署が違えば、訓練学校の同期というわけでもないので、それほど親しい相手はいなかった。 （極東校の優秀な生徒って、ヤマトの臨時募集でほとんど引き抜かれてしまってるから、アリゾナに配属されたのってあたしだけなんだし･･････） アリゾナの新任士官候補生の多くは地元の北米校の卒業生である。パトリシアと同じ北西ヨーロッパ校の卒業生も比較的多かったが、なぜかパトリシアと親しくしている様子は見たことは無い。 「土方少尉、何にいたしましょうか？」 「ドライカレーセットを頼むわ」 恭子は注文を聞きに来たウェイトレスロボットにそう答えた。 「本当にそれでよろしいんですか？」 アテンダントロボットＦＡＲ−１３０１型の１台、アンティーは即座に注文をセットせずに、そう聞き返した。 このアリゾナに試験導入されたアテンダントロボットは、宇宙艦隊勤務者の人員不足のために生活班人員を削減する目的で計画された。当初は地球防衛軍に近い軍事産業メーカーである揚羽アンドロイド・インダストリーのアンドロコインダータイプの新型が採用される予定であり、そのテスト機はアンドロメダで実用化のためのデータ収集を行っていたが、その無骨な容姿は一般乗組員たちに不人気であった。 そこで新たに入札競争でサイバーダイン社製のサイバドールと競った末に採用されたのが、来栖川エレクトロニクス製の家庭用メイドロボットＨＭＲ−１３型シリーズをベースに改良された、このＦＡＲ−１３０１型なのであった。完全に人間の形を模して作られ、表面は体温調整機能を持った特殊樹脂製の人工皮膚で仕上げられていて、外見上は人間と変わりない。ただ、耳の部分に大きなアンテナが取り付けられているのが特徴である。 「何か問題あるの？」 恭子は不機嫌そうにそう問い返す。 「このメニューでは土方少尉の本日の摂取栄養量は、地球防衛軍航空隊パイロット勤務規定に定められる基準摂取量には大幅に足りません」 アンティーは事務的な口調でそう言った。 「いいの！ ダイエット中だから」 「土方少尉の体格データは、身長・体重とも本艦の女性乗組員の平均値を下回っています。ダイエットする意味がわかりません」 やはり機械的にアンティーは言った。 「あのねぇ。日本人のあたしの体格と、こんな欧米人だらけの艦の体格データの平均値を比べたって意味が無いっていつも言ってるじゃない。それにダイエットは気分の問題なんだから、あたしだって食う時は食ってるから健康には問題無いのよ。だいたい、飛行任務のある時と無い時じゃ食欲の量が違って当たり前。人にごたごた言う前に、それくらいのことは考えなさいよ、ポンコツロボットさん」 腹を立てた恭子がそう言うと、アンティーは一言だけ言い残して去った。 「私はポンコツではありません」 「相変らずアンティーとは仲が悪いのね、土方少尉」 笑いながら恭子の前の席に一人の女性が座った。 「マクレガー中尉･･････」 第１艦橋の管制オペレーター、デーズィ・マクレガー中尉だった。 「あのポンコツがいけないんですよ。他のロボットは文句は言わないのに、あの子だけ融通が利かないんだから･･････」 「変ね。ＦＡＲ−１３０１型のアテンダントロボットはすべて同一ロットの製品。搭載してるソフトだって、１号機のアンティーからコピーしたものらしいけど」 デーズィが首を傾げたところを見ると、彼女はこういう事態に出くわしたことは無いみたいである。 「まあ、ＦＡＲ−１３０１型には最新の自律ＡＩが組み込まれて、簡単な感情が発生することもあるって話だから･･････あなた、アンティーにきつく当たってばかりいるから、向こうも機嫌が悪いのかも知れないわね」 デーズィはそう言って笑った。 「笑い事じゃありませんよ。だいたい、アテンダントロボットに乗組員の食事管理までさせるって、誰が決めたんだか･･････」 恭子はむくれた表情をした。 そこにアテンダントロボットが恭子のところへドライカレーセットを運んで来た。 「土方少尉、お待たせしました」 「エレナ？」 それはアンティーじゃなく、同型機の一つ、エレナだった。 「マクレガー中尉は何になされますか？」 「私はオベロン風ハンバーグセット、ライスでお願いするわ」 デーズィはエレナにそう言うと、恭子の目を見つめた。 「アンティーには完全に嫌われたみたいね」 そう言って吹き出すデーズィ。 「今度出てきたら、絶対にぶち壊してやるわ」 「そんなことしたら、給料から修理代が引かれるわよ」 そういうデーズィに恭子は尋ねた。 「ところで、今度の惑星はどうなんでしょうか？」 「アティク星系には３６の惑星が確認されてるけど、恒星からの輻射量や重力を考えると、地球に近い星は第２惑星だけね。でも、この星系全体に言えることだけど、恒星から出てる中性子線の量が多すぎて、地球型生命には適していないみたいね」 一転して深刻そうな表情でデーズィは答えた。 「それじゃ、今度もダメだったんですね」 「残念ながら、その可能性が大きそうね」 デーズィはポツリと言った。 「このままじゃ、あと３か月以内に第２の地球なんて･･････」 「私たちの使命は必ず第２の地球を発見すること。弱音を吐くことは許されないのよ。ボラーの妨害でずいぶんと遅れたけど、この船団の探査範囲の惑星はまだまだたくさん残ってるわ。他の探査船団が発見してくれるってこともあるし･･････」 そう言ってデーズィは恭子を叱咤し、さらに続けた。 「それに、３か月以内じゃなきゃ絶対にダメってわけじゃないのよ。核融合異常増進で地球上に人類は住めなくなるけど、すぐに太陽が新星化してしまうってことは無いわ。土星空域に建造中のスペースコロニーや、太陽系の外惑星やケンタウルス座アルファ星系の植民基地に一時的に避難民を収容して、時間は稼げる。私たちに必要なことは、どんなことがあっても諦めないこと」 そんな話を続けている間に、デーズィの料理も運ばれてきた。 「それはそうと、最近、ウィンチェスター修技生の様子はどう？」 「パトリシアのことですか？」 デーズィは肯いた。 「この前、ボラー艦隊に襲われて全滅したイギリスの探査船団には、彼女の２人のお兄さんが乗っていたのよ」 「あの子、そんなこと一言もいってなかったけどなぁ。確かに、最近、少し落ち込んでそうには思ってたけど、でも、そんな素振りは見せないから･･････」 恭子はここ数日のパトリシアの様子を思い浮かべながら答えた。 「ああ見えても強い子よ、あの子は。でも、それで却って気を張り詰めすぎたりしなければ、って艦長も心配してるから･･････プライベート時間にあの子と一番接する機会が多いのはあなただから、少し気に掛けておいてあげてね」 デーズィにそう言われて、恭子は肯いた。 「前から気になってたんですけど･･････艦長ってパトリシアのこと、ずいぶんとお気に入りみたいですけど、どうしてか知りませんか？」 パトリシアの話が出たついでに、恭子はずっと気になっていたことを訊ねた。艦橋勤務のデーズィなら知ってるのかも知れないと思ったからだ。 「あら、やっぱり知らなかったのね。でも、知らないなら知らないほうがあなたのためよ。ま、いずれ嫌でも知るときが来るんだから･･････」 （秘密を知ったら身に危険が及ぶ軍事機密か何かかいっ！）とツッコミたくなる気持ちを抑えて、恭子は呟いた。 「艦長の愛人とか、隠し子とか･･････」 「バカね。そんなことあるわけないでしょ」 デーズィは再び吹き出しそうになった。 その時である。突然、警報が鳴り響き、艦内が戦闘時照明に切り替わった。 「第一級戦闘配備よ。敵襲があったのね」 士官食堂にいた乗組員たちはさっと立ち上がり、各自が自分の持ち場に散っていく。 「私たちもグズグズしてはいられないわ」 デーズィはそう言って第１艦橋へ向かって走り去っていった。 「せっかく着替えたばかりなのに･･････」 恭子はパイロットルームのあるフロアを艦尾方向に向かって急ぎながら、そう呟いていた。 第一級戦闘配備、すなわち総員戦闘配置命令である。恭子たちパイロットは、予備待機中であろうが、勤務時間外であろうが、当直勤務中と同じくパイロットスーツ姿で発進の用意を整えた状態で、パイロットルームでの待機が指定されているのだ。 もっとも、艦内勤務者も戦闘配備時には戦闘服の着用が義務付けられている。しかし、簡易タイプの戦闘服と耐圧機能を備えた重装備のパイロットスーツじゃ、着替えの面倒臭さの違いは大きい。 |