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第５章 「別れ」 |
（４／６） |
| 「土方少尉は、私物をまとめなくていいのですか？」 居住区の自室で貴重品をまとめながら、パトリシアは恭子に尋ねた。 「いいの！ 私はこの艦に戻ってくるんだから･･････絶対に」 恭子はきつく、そう言い返した。 「でも、念のためって言うことはありますから、まとめておいた方が･･････」 何もしようとしない恭子を見て、パトリシアは恐る恐るながら、勝手に恭子の荷物を整理し始めた。 「何をしてるの！ 勝手に他人のものを触らないで！ それが王女様のするお仕事なの！？」 恭子が怒鳴りつけると、パトリシアは目に涙を浮かべ始めた。 「何を怒ってらっしゃるのですか？ 私が気に触るようなことをしたのなら、謝ります。いつもの恭子さんらしくしてください」 パトリシアはそう言って、床に正座した。 「ば、バカ、何やってるのよ！」 「日本では人に謝る時はこうするって･･････」 恭子はパトリシアの腕をつかんで立ち上がらせた。 「畳の上じゃないんだからさ･･････それに、王女様にそんなことさせられるわけないわよ」 「でも、恭子さん、怒ってらっしゃる･･････いつものように、パトリシアと呼んでください」 パトリシアは涙ぐんでそう言った。 「どうして隠してたのよ。あなたがイギリスの王女だってこと」 恭子はポツリと言った。 「隠していたわけじゃありません。恭子さんが私のことを知らないなんて思わなかったし、一度も訊かれなかったから･･････」 「初対面の見ず知らずの他人に、あなたはどこかの王女様ですかって、いきなり訊く人間なんてどこにいるのよ！」 恭子のきつい言葉に、少し脅えるようにパトリシアは答えた。 「だって、訓練学校に入った時だって、周りの人はみんな私が王女だって知ってたものだから･･････顔の知らない人も名前を言ったら･･････」 「そりゃ私だって、日本の皇女の名前ぐらいなら知ってるけどさ･･････」 そう言うと、恭子は吹っ切れたように笑顔を見せた。 「時間が無いわ。急ぎましょ、パトリシア」 「は、はい」 パトリシアの泣き顔が笑顔に変わった。 荷物をまとめ、パイロットスーツに身を包んだ恭子とパトリシアは艦載機格納庫に向かった。 恭子のコスモファルコン３号機はすでに発艦レーンに乗せられ、パイロット搭乗位置に着いていた。恭子たちがコックピットに乗り込もうとした時だった。 「土方少尉〜」 背後で呼び止める声がした。恭子が振り向くと、そこには１台のアテンダントロボットがいた。 「アンティー？」 「土方少尉とウィンチェスター修技生、戦闘食の支給です」 アンティーは戦闘食のケースを抱えていた。 「こんなところまで持って来なくていいわよ」 「しかし、食事を取らないと、任務の遂行に関わります」 相変らずマニュアル的な物言いのアンティーに、恭子は言った。 「あのねぇ。私はロボットじゃないんだから、一食や二食抜いたからって、操縦の腕が落ちたりはしないわよ」 「でも、一食や二食抜くのは非常時だけにして、食べられるときには食べておいてください」 アンティーも引かない。 「だいたい、戦闘食って言ったって、せいぜいサンドイッチじゃない。あたしは日本人だからお米のご飯を食べないと･･････」 恭子がそう言い掛けた時、激しい衝撃が来て、恭子の体は格納庫の床に叩きつけられた。たちまち艦内に第一級戦闘配備の警報が鳴り響き、格納庫内が戦闘時照明に切り替わった。 「近くが被弾したみたいね。ボラー艦隊のやつ、もう追い付いたのか･･････急がないといけないわ」 恭子はそうつぶやきながらパトリシアの姿を探した。 「パトリシア、大丈夫？」 「ええ、私は･･････でも･･････」 自力で立ち上がるパトリシアの目は、恭子の背後を見つめていた。 「アンティー！？」 恭子が振り向くと、アンティーのボディーはどこかから落ちてきた器材の下敷きになり、押し潰され、下半身はちぎれていた。その断面からは配線と基盤とスケルトン・フレームが剥き出しになり、断線個所がスパークしていた。 「大丈夫、アンティー？」 「私はロボットですから気になさらないでください。それよりも･･････」 そんな状態になりながらも大事に抱え持っていた戦闘食を、アンティーは恭子に差し出した。 それを受け取る恭子。差し出された２人分の戦闘食のうち片方は見慣れたハムサンドだったが、もう片方はラップに包まれた握り飯だった。 「アンティー･･････」 「土方少尉のために作りました。だから、絶対に食べてください･･････ね」 ＦＡＲ−１３０１型アテンダントロボット・アンティーはそれだけ言うと、それっきり黙り込んでしまった。輝きを失い、ただの漆黒のガラス球となった人工眼球が、ロボットの機能停止を物語っていた。 「パトリシア、急ぐわよ！」 恭子はハムサンドの方をパトリシアに渡すと、操縦席に飛び乗った。少し遅れてパトリシアもナビゲーター席に付いた。 「キャノピー閉鎖、エアロックＯＮ！」 コックピット内は閉鎖空間となり、格納庫の外気とは遮断される。 「パトリシア、大丈夫？」 「ええ、なんとか･･････」 パトリシアは相変らずパイロットスーツの与圧機能に慣れていないようだったが、それにかまってる場合ではない。 「発艦レーン進行」 二人を乗せたコスモファルコン３号機はゆっくりと発艦レーンを進み、カタパルトデッキ直下の艦載機エレベーターに載った。 「ブルーハワイよりワイキキビーチへ。艦載機エレベーターへの搭載完了」 恭子が第１艦橋の航空管制に報告すると、デーズィの声が返ってきた。 「こちらワイキキビーチ。ブルーハワイはワープ終了までそのまま待機。ワープ終了後、速やかに発艦作業を続行されたし。以上」 「こちらブルーハワイ。了解」 恭子はそう答えると、操縦桿から手を離した。 こうしているうちにも、艦体の揺れは何度か襲ってきたが、ここからでは戦況は掴めない。 「今のうちに食事を取っておきましょ」 恭子は後ろにいるパトリシアにそう声を掛けると、アンティーの渡した握り飯を取り出した。 （ま、海苔も梅干もアリゾナに積んでるわけ無いんだから仕方ないけど、本当に握っただけの素っ気無いオニギリね） 握り飯をほおばる恭子の目には、いつしか涙が浮かんでいた。 （たかがロボット１台壊れただけじゃない。何がこんなに悲しいのよ･･････） |